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富士山

(2016.09.12)

 9月の頭に外国人3人を連れて富士山に登った。今回はその話をしよう。
5月にスイスで訪れた数学者、ヤノシュが来日した。大学時代からの友人なので、何か彼を喜ばせるプログラムを組もうと思った。四半世紀も前の国際会議の際、アメリカ人と富士山に弾丸登山しようとバスで五合目まで行ったらしい。豪雨に遭って登れなかったことをスイスでも悔しそうに話してくれた。そこで富士登山をメールで打診したら、二つ返事で「是非!」と。山よりも海を愛している僕は、必死にあれこれ調べた。丈夫なリュックや合羽を買ったし、以前テレビの取材の為に購入した登山用の靴を点検し、ネットで四つのルートを較べた。登山と下山の道が分かれている吉田ルートを選び、八号目の山小屋も予約した。
 同じ時期に、アンドレイというロシアの若手数学者と彼のベルギー人の彼女アリアも来日して僕の家に泊まっていたので、彼らも誘った。スイスの大学で教えているヤノシュは62歳、これから彼の下で研究するアンドレイは26歳。年齢だけではなく、体格も対照的だ。アンドレイは筋肉質で、ヤノシュは丸々太っている。だから日曜日の朝は先ず、ヤノシュを新宿の新しいバスターミナルへ送った。 家に戻ってアンドレイ達を起こした。ヤノシュより2時間遅れて登山を始めた。それでも八号目の直前で、岩の上に座って休憩している彼に追い付いた。登山を始めた時は雨足が強く20メートル先が見えなかった。しかし八号目に着いた5時前に晴れてきた。
 荷物とヤノシュを山小屋に置いてから、余力があった3人は後40分登った。高山病がちょっと怖かった僕は、標高が更に200メートル高い所に行って、少し下山して山小屋に泊まった方が安心と考えていた。 理屈はともかく、少し登って良かった!富士山から素晴らしい景色が見えた。相模湾や三浦半島と江ノ島もとても綺麗にくっきり見えたし、そして後ろに東京や房総半島もはっきり映っていた。しかも陽が沈むと共に、富士山の影もどんどん東の方へ伸びながら現れた。景色の美しさに若い2人も凄く感心した。
 今まで読むと、かなり順調な登山と思われるだろう。ところが違った!登山を始めて10分余り、二回連続して自慢の登山靴の方からはじけるような音が聞こえた。原因を調べたらびっくり。靴紐を固定する為の穴はそれぞれ小さなプラスチックの板の中にあり、これらの板は接着剤で靴の本体にくっ付けてあった。20年間の劣化で、板が次から次へと剥がれてきた!ショックは大きかった。これで僕の登山はどうなるの?いくら何でも裸足では登れない!
 不幸中の幸いで、靴紐は劣化していなかった。その長い靴紐を、足首の高さで直接靴に巻いて結んだ。靴紐も切れたらどうするのかとの不安に脅かされた二日間になったが、富士山の影などに癒やされた。(続く)
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タンチチ高校

(2016.09.02)

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 僕が通ったタンチチ高校は200年の歴史を持つ、ハンガリー南西のショモジ県下一番の進学校である。僕たちが入学した1967年当時、建物は既に100歳を超えていたが今でも変わらない!震度5の地震で倒壊するだろうがハンガリーは地震が全くないのだ。
 一学年180人で5クラスに分かれていた。トップはAクラスで数学と物理学専攻。Bクラスは化学と生物学に力を入れて、医学部に進む生徒が3割ほどいた。Cクラスは語学の教育が他クラスより長かった。DとEは普通クラスで進学率も低かった。 普段Aクラスの担任は数学と物理を教えている先生だったが、なぜか僕たちの学年は違った。担任のシアルト先生は文学が専門で、バリバリの文系だった。大学を卒業して2年、クラスの担任を任されたのも初めてで、エネルギーに溢れてやる気満々だった。そして彼は、僕たちを専門馬鹿にさせないと決めていた。理系志望の男子26名と女子12名にとって、予想外のことだった。
 演劇を観に行ったことも、クラシックのコンサートを聴いたことも、また純文学の本を殆ど手に取ったこともないクラスメートが多かった。 僕も理系人間だったが、医者でありながら各種の文化へ旺盛な興味を持った父の影響で、古代ギリシャやシェークスピアなどの戯曲を本で台詞を確認しながら観るテレビの劇場中継が好きだったし、三歳上の姉の影響で毎週映画を観に行ったし、またハンガリーの詩人のたくさんの作品を暗誦できるほど憶えていた。それでもシアルト先生から学んだことは多かった。
 彼の授業は、今日本でも流行りの総合学習的ものだった。文学の教科書を各々家で読むのが前提で、彼は作家が生きていた時代について説明したり、当時の音楽や美術を紹介したり、時々我らを劇場や映画館に誘ったり、とにかく理系の輩の視野を広げようと努めていた。
 親の転勤で他の街に移った子と成績が悪くて普通クラスに移された子もいたが、卒業できた34名は文化への関心を植え付けられた。
(続く)


 

クラス会

(2016.08.29)

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最近、釣りに行くことが多い。去年はあまり行かなかった分も頑張ろう、いや、楽しもうと思っている。
 この間、出発の準備中にラジオ深夜便を聴いたら、『高校三年生』という半世紀前に大ヒットした歌が流れていた。「いつまでもクラス仲間」という歌詞はとても印象的だった。
もしかすると当時の日本は今と違ってクラス替えをしなかったのかな、と思った。
 クラス替えというやり方はアメリカ的で、〔平等〕を目指しているらしい。クラスによって能力に差が出ないよう、学力や運動能力が平均となるように振り分けられているようだ。また、いじめの継続を絶つ意味もあるらしい。しかしヨーロッパでは、それよりもずーっと同じ仲間と一緒に過ごしたことによって一生続く深い親友関係が築かれる可能性を重要視するためか、敢えてクラス替えを行わない。
 ハンガリーもそうだった。しかも小中高は全て4年制で、14歳から18歳まで同じ担任の下で育ったクラス仲間は僕にとって、今になっても掛け替えのない友人達である。
 高校を卒業してから5年毎にクラス会を開いている。今年の5月はその9回目に当たり、仲間は僕の都合に合わせて開催日を一週間ずらしてくれた。前回と前々回は日本での仕事の影響で参加できなかったので、皆に逢えたのは15年振りだった!
尤もクラス仲間とは言え、その中でも凄く仲が良い人達からあまり関心のない人達までピンキリである。
 凄く仲が良い5人全員が、この10年間で少なくとも一回日本に来てくれた。彼らに日本を案内するのは、僕にとっても凄く愉しいかつ有意義な経験となった。しかし、この5人以外は15年振りだった。そして15年は永い年月である。自分のことはさておき、彼らの顔を観て痛感した!
 次回は僕のクラスをちょっと紹介させて下さい。


 

英国2

(2016.07.11)

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 英国のEU離脱をヨーロッパ他国はどう見ているのか?
市民の中では「出たいなら早く出ろ」という意見が多いらしい。それには二つ理由がある。
一つは離脱によって英国経済が悪くなり、生活水準が下がると信じて、これを通じて自国の離脱派の勢いを止めたい。もう一つは単に、今の中途半端な状況の中でEU(ブリュッセル)も対策を打てない、また株価や為替レートも不安定である。
ところが英国の離脱は本当に実現するのか疑問である!次期首相の最有力候補は残留派であるし、最大野党の労働党も残留を支持してきた。
一方、国民投票後にポンド安が進み、そしてこれによって株価が上昇し不動産市場への海外からの投資も増えてきた。日本での円高株安と正反対の動きである。今のところBrexitの経済への悪影響は、日本で一番大きいかもしれない〜。
 それに較べてEU諸国でBrexitの悪影響はまだ感じられない。ユーロ対ドル相場は多少ドル高に動いても、EU経済への悪影響がない。またこの時期、市民の最大の関心事は夏の大旅行、バカンスだ。相場は1ヶ月で、日本やアメリカから見てとても羨ましい長さである!
 だからヨーロッパの新聞には、ビザ無し渡航がどうなるのかと、不安を呼びかける記事も見かける。けれどもこれには根拠が無い!EUに加盟していない日本とアメリカの国民も、EU諸国などへビザ無し渡航ができるからである。手続きすれば正規就労も問題ない。Brexitの実現後、ポーランドやハンガリーの若者は英国でフリーターとして働けるのか?かなり先のことなので、彼ら自身も「今年の夏はどう過ごす?」の方に関心が高いだろう。


 

英国

(2016.06.30)

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 英国民はEU離脱を選んだ!国民投票はサッカーEU選手権〔EU2016〕の結果よりも世界中に注目された。日本の新聞も揃って一面に大きな文字で伝えた。直前の世論調査で残留派が優勢と伝われたこともあって、株式や為替市場への影響が大きい! 今回はピーター流に残留派の敗因を分析したい。
 人間、とりわけ大人は保守的なところが強い。これは政治思想ではなく、「未体験の悪より知っている悪の方がまし」という精神的なものである。現状維持=安心、変化=危険という訳。これを踏まえて離脱派の52%対48%の勝利を考えると、離脱を真剣に考えた人は3分の2以上いたと思われる。但し、その2割程度は土壇場で棄権や残留へ回ったりした。
 そこまで英国人はEUが嫌だったのか?違うと思う。僕は離脱票の過半数が反EUではなく、反グローバル化の気持ちを原因に持つと思う。この四半世紀、世界中で急ピッチで進んだグローバル化。その影響で、大企業の生産拠点は東南アジアや中国など、とにかく労働者の賃金が安い所へ移ったり、事務拠点は税金上で非常に優遇されている国々へ代わったりした。それによって先進国の一般市民の生活水準は、永い停滞の期間を辿っている。 同じ期間中にコンピューターや技術の発展は目覚ましく、生産性は向上した。しかし労働階級などの一般市民の暮らしは、全く向上しなかった。
社会の二分化、いわゆる貧富の格差の拡大だ。忍耐力の極めて強い日本人を除いて、どこでも国民の不満が強い。アメリカでトランプ氏が大統領候補になれた原因もそこにある。
 英国では、国民の不満に訴えて支持層を伸ばした国粋主義政党UKIPに加えて、首相Cameronの保守党内ライバル、Boris Johnsonも離脱派に回ってこんな結果になった。
 次回はEUの未来について鑑みよう!


 

ただいま。

(2016.06.21)

 ただいま。四週間のヨーロッパ訪問から帰って来た。去年に続き、スイスと数学が中心の滞在だった。
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 写真はスイスで一番有名な大学、ETH(Zurich連邦工科大学)での講演の様子だ。昔アインシュタインがいた大学で今でも世界トップクラスで、街の中心部に位置する建物は古くてとても雰囲気が良い。小高い丘の上にあり、鉄道の中央駅から坂道や長い階段を登って15分で到着できる。
エレベーターはたくさん並んでいるけれど、中のボタンには世界中で見慣れた数字ではなく、文字が書かれている。例えば、数学研究所はG階である。これは何階なのか確かに数字で表し難い。建物は斜面に建っていて入口は一階と言いきれない。それでも僕が入ったのはE階で「Erdgeschoss」(ドイツ語で一回の意味)の頭文字でピッタリ。E階の中央にはF-1に使用された古い車が10台ほど展示されていて、大学の太っ腹ぶりを象徴していると感じた。
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僕が参加した国際会議の主催者Sudakov先生は、日本人にも名高いUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の教授を10年以上務めたが、高い給料に釣られてここにやって来た。冷たい雨の多いチューリッヒで、年がら年中太平洋で泳げるロスが5年経った今でも恋しいらしい・・。
 HPをご覧になっているみなさんに、国際会議や数学の話よりも6月5日に投票が行われた「最低生活保障(ベーシック・インカム)」の話題を提供したい。日本のマスコミでも伝えられた、国民投票で否決されたがとても面白い法案である。内容はいたって簡単で「全ての国民と永住権を持っている外国人に月給2,500スイスフラン(およそ28万円)を支給する」ことであった。
 日本語には「働かざる者は食うべからず」と言う諺がある。実はハンガリー語でも同じ言い回しがある、多くの国で道徳として教えられてきた。しかし21世紀のIT革命後の世界には合わないかもしれない。農業人口は先進国で数パーセントに過ぎず、ロボットなどの影響で工場などでの生産に係わる人口もどんどん減っている。国民の大半が働いている「サービス」産業も、通信販売などITの発展によって危うくなりつつある。一例を挙げよう。
 日本で多くのフリーターはコンビニなどの店員として働いている。ベースアップや有休もなく将来性は乏しいと言われているけれど、よりショッキングな話を紹介しよう。右の会議に参加したイスラエル人教授の近所のスーパーのことである。買い物カートを押しながらそれに様々な商品をいれた末、出口の近くで地面に描かれた四角い枠にカートを停めると、瞬時に払うべき金額は数字や音声で提示され、クレジットカードをかざせば支払い終了。前に進んで商品を持参か買い付けの袋に入れて帰宅。店員とのやり取りがなく、凄く早いらしい。バーコードの代わりに使用している小さなチップをコンピュータは読み取り、間違いの恐れもない。スイスや日本でもいずれ主流になりそう!
 つまりスイスの法案の元になったのもここにある。近未来、おそらく多くの人は仕事を探しても働く場所を見つけられない。先進国としてこの人々を見捨てられない。恥ずかしくて面倒な手続きを通れば今でも生活保護を受けることができるが、真面目な国民が圧倒的に多い、かつ非常に豊かな国では全員に基本給を与えた方が理に適うのではないか、というのが国民投票の対象だった。今回は初提案で否決されたが、多少形を変えて再び出てきそう!
 ※注:月給28万円なら日本では余裕で暮らせるけれどスイスは物価が高く、ETHのドクター生がもらう奨学金はこれの二倍以上である!
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熊本地震

(2016.05.10)

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 熊本地震が起きてからHPの更新はなかった。数十回訪れた熊本、両親も大好きだった阿蘇山の麓、こんなに大きい被害にあったことはショックで、書く気にならなかった。
 先ずは亡くなられた方々の冥福を祈りながら、被害に遭遇した皆さんへ心からお見舞い申し上げます!

 今回は一学者としての意見を述べさせて下さい。学者の殆どがどこかの大学で教えながら自分の専門の研究を進めている。文系と理系はその研究の仕方が大きく異なっているだけではなく、理系の中でも学問によってかなりの差がある。数学の真実は定理と呼ばれていて、その信憑性は話の対象にならず、一度証明されたものは定まった理で、永遠に変わらない。
 それに一番近いと言われている理論物理でも、ある理論は正か否か最終的に実験によって確かめられる。最近話題になったgravitational wave (引力の波)はEinsteinが100年程前に予測したものである。彼が生み出した一般相対性理論に基づいて考えたもので、恐らく大天才の彼はその存在について微塵も疑問はなかっただろう。しかし引力の波を測定するまでは「定理」ではなかった。

 前振りが長くなったが、理系の研究で昔から疑問に思っているのは、地震の予知に対する研究である。いつも思い出すのは、東大の物理学の教授だった友達の言葉である。「政府が幾ら投資しようが、その研究には無理がある。例えば、今なら地震が起こってから2分後に震源地やマグニチュードを正確にわかるとしよう。数十兆円を使って何百人が何年間か研究し続けたら、もしかするとその2分を2秒にできるかもしれない。しかし地震が起こる2分前は無理だろう。」と言っていた。つまり「予知」という言葉は当てはまらない。予知の「予」は予め、予て(かねて)の意味だから。
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 確かにその通りだと思う。そして今回の熊本地震の際もこの事を痛感した。4月14日に起こった一回目の地震は益城町で震度7と云う凄まじい揺れがあったこともあり、僕も皆さんと共にあれは本震だったと確信した。次の大地震はどこに起こるのか、それを予測するのが不可能であっても、既に起こった地震が本震であるかどうかさえを予知できないのが地震予知の現状である!!!
 誤解しないで欲しい。地震関連の研究を続けている大勢の優秀な研究者を馬鹿にしているのではない。問題は地震予知の難しさである。

 数学の未解決問題の中でも、学問の現状ではそれを解決するのが無理だと皆認めている問題も多々ある。地震予知もそのタイプの問題だと僕は思う。なぜかというと、天体望遠鏡などのお蔭で人類は近年、広い宇宙に関するたくさんの情報を集めてきた。しかし地球の中核に関する定かな情報を得るのは更に難しい。月や惑星などに較べてすごく近いのに、見ることができない。
 穴を掘れば良いと思うかもしれない。しかし何百メートルはともかく十キロの穴はとても無理だ。ところが大抵の地震の場合震源の深さは十キロ程度である。だから月に人間を送ることができても地震の震源地にはできない。
 まあ、難しい話をここまでにして結論を言おう。当分の間は「次の大地震はここそこで起こる」というような噂程度の情報を気にせず、日本列島のどこに住んでいても、予算の許す限り耐震性が強い建物の中に暮らした方が良い。熊本県だって大きな地震が起こる確率は低いとされていて、地震保険の料金は他県より少なかった。これはいかに地震の予測が難しいかを物語っているだろう。



 

福井

(2016.04.11)

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 先週は久し振りに大学の入学式で講演をした。場所は福井県立大学で、今までその存在もあまり知らなかったところである。主催者からは新入生の志を高めて欲しいということもあって、演題は『明るい未来へコツコツと〜福井から世界に羽ばたくために〜』に決まった。なかなか良いタイトルだと、それを考えついた時は満足した。しかし演題は良くても内容がそれに釣り合わないと駄目だ。という訳で何を話そうかと必死に考えた。

福井と聞いたら皆さんは頭に何が浮かぶのだろうか?日本人は意外と地名と食べ物を連想する人が多い。だから越前蟹や若狭鰈などの水産物を答える人もきっと多い。僕は日本食が大好きだけれど、特定の物に拘らない。頭に浮かぶのは、福井を訪れた時の様々な経験である。
 福井大学医学部の学園祭で講演した前日に永平寺をゆっくり観光したことや、福井テレビの仕事の前に東尋坊を案内してもらった時。小浜高校で講演したついでに三方五湖を堪能してから、釣り船に乗って3キロ前後の真鯛を3枚釣った時の感触。敦賀での講演の前には小さな店でアンパンを買った。街を散策しながら食べていたら何者かに襲われ、首に軽い怪我をした。ビックリして周辺を見渡すと誰もいない。しかし首を触ると指は赤く染まるしあんぱんも消えた!そこで僕のあんぱんを木の上で美味しそうに喰っている鳶に気付いて謎が解決した。

 このような話は各県について幾らでも持っている。現地の人に親しみを覚えてもらう為に有効だが、あまり長く話すと本題から離れてしまう。結局、自分が新入生だった頃をはじめ、大学時代の話を中心に講演を構成した。
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 大学に入った時は土竜になった気分だった。それを聴くと誰もが驚く。しかし真実である。両親は医者で、彼らを見て医学部に入って、医者になって人を助けるのは素晴らしいだろうと思った。経済学部を卒業した従姉妹は当時、旦那と国から派遣されてブラジルで貿易代表を務めていたので、それもまた魅力的に映った。語学にも強い関心があった。小学生の頃からアインシュタインを始め色々な学者の人生を紹介する本を読んで、自然科学の道を歩みたいとも考えた。成績はオール5でどの大学にも入れる自信はあった。しかし『二兎を追うものは一兎も得ず』、ある程度の成功を収めたいならば一つに専念しないといけないとわかった。
 大学を卒業する時はどうなるのか、どんな仕事を見つけるのかは分からない。しかし沢山ある可能性の内の一つを選ばないといけない。当時これをイメージとして、目の前に沢山のトンネルの入口が見えるけれどそれぞれの出口はあるのか、またあってもそこにどんな景色が広がっているのか、18歳の僕にはわからなかった!まさに土中にいる土竜が無闇にトンネルを掘っているように、標識に『数学』と記してあったトンネルに首を突っ込んだ。

 日本の若い学生に信じて欲しいのは、全力投球で一所懸命邁進すると必ずトンネルの出口に到達できる。また大学には道案内を務めてくれる立派な先生が何人もいる。その先生方が最も切望しているのは、自分たちがやってきた研究を継続してくれるまたは実践に移す弟子である。だから先生方を恐い存在と思わないで、自分たちの将来への夢の実現を手助けする人間だと考えて下さい。彼らと良い関係を築く為に必要なのは、学生の強い意欲である。若くてエネルギー溢れる18歳の皆さんに伝えたいのは、自分たちの将来が明るいものになるのか否かは、グローバル化が進んでいる世界の中、また自由な国日本に住んでいるから、何よりも自分自身の努力による。
 大学時代は人生の中で最も自由な時期である。朝寝坊して授業をサボっても自由、ゲームやネットサーフィン、クラブや飲み会ばかりに時間を費やしても自由。しかし将来に後悔したくなければ自分の時間をしっかり管理して、大学が提供してくれる沢山の可能性をしっかり生かして、熱中できる進路を見つけて欲しい〜などと熱意を込めて80分間話を続けた。



 

3月26日

(2016.03.29)

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 今年も3月26日はやってきた。皆さんもこの日付は見覚えがあるはず!今年に入ってから僕は何十回も見た。主にJR駅構内だよ。 解った?3月26日は北海道新幹線が開通した日である。黒字になるのかな?

 2年前に開通した北陸新幹線は乗車率も高く大成功だと思う。やはり観光名所である金沢は凄く行き易くなった。以前は小松空港からバスかタクシーで一時間程度掛かるか、または小松駅まで行ってそこからそう頻繁に来ない特急列車に乗るか、不便と感じたのはきっと僕だけではない。
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 ところが北海道新幹線はどうだろう?前にはやぶさ号で青森まで行ってリレー特急に乗り換えて函館まで行ったことがある。リレー特急の乗車時間は短縮される一方、新函館駅は函館の中心から相当の距離がある。北海道新幹線の本当の目的地は札幌なので、仕方がないかもしれない。但し新函館−札幌間の開通は、まだだいぶ先である。
 北陸新幹線の前身、長野新幹線は長野オリンピックに合わせて開通したこともあって乗車率は低くなかった。長野までは飛行機で行けないし。函館までなら飛行機も結構便利。そして北海道を観光したい人は大抵、函館よりも札幌に行きたい。JRには大きなお世話かもしれないが、僕なりに赤字になるのではないかと心配している。
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 因みに僕は1984年に初めて訪れて以来、北海道が大好き!当時は青森から函館まで連絡船で行ったが、函館の街に一目惚れした。仕事を含め十数回も行った。もっとも北海道は全部で94回訪れているよ!その半分は札幌かその周辺。もちろん夜行列車でも数回行った。

 とりあえず次回は北海道新幹線に乗って新函館まで行こうと思っている。
 とあれこれ書いたけれど、僕にとっての3月26日は北海道新幹線よりも大切である!僕の誕生日である。たまたま北海道新幹線の開通と同じ日付で、ポスターの上に何十回も『3月26日』と見て何となく嬉しかった〜。




 

ソウル

(2016.02.29)

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 数学の国際会議の為にソウルに行って来た。 会議が開催されたのは韓国名門の梨花女子大学である。四半世紀前に行ったことがあるけれど、変化が大きくて凄く驚いた。キャンパスは綺麗で、とても雰囲気が良かった。

 日本の女子大は門番がいて正式の用事がなければ入ることもできないところが多いが、梨花女子大学は出入りが自由で、写真を撮ったり見学したりする観光客が多かった。最も写真の対象になっていたのは、レストランと様々の店が入っている、山を掘って建設された斬新なデザインのガラス張りのビルだった。
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 昼飯を毎日そこで食べていて、僕もそのビルはとても気に入った。因みに唐辛子が苦手な僕は毎日ビビンバを食べていた〜。日本人はビビンバを食べる時にご飯とおかずを混ぜない様だが、韓国人はよく混ぜてから食べる。実は〔ビビンバ〕はハングル語で〔混ぜご飯〕を意味する。
 会議中に泊まっていたのもキャンパス内の新築のゲストハウスで、ソウル近辺に住んでいる参加者を除いて、先生方は皆そこに泊まった。一室、一室は綺麗なワンルームマンションになっていた。ビル内に小さなコンビニやコンピュータルーム、洗濯機や卓球台もあった。日本から来た先生は、予算がどんどん削られ学生寮も無いと嘆いていた。

 日本との大きな差はこれ以外にもあった。例えば留学経験である。日本の大学で教鞭をとっている先生の殆どは、国内の大学で博士号を取得している。しかし韓国では少数派になっている(あくまでも理工系の話)。今回の会議の責任者も僕の友人の指導下、米イリノイ州で数年学び、博士号取得後カリフォルニアで一年間研究を続け、祖国の大学の教員になった。日本だと大学教員のポストが少なく、外国で長年学んだ優秀な若者を雇うことは珍しい。ネットで調べたけれど、今のところ韓国人は自然科学の分野でノーベル賞を受賞していない。だからまだまだ日本の方が成績で優位に立っている。
 しかしこれからも教育や基礎研究の予算を削るばかりならば、将来は楽観できない!




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