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ラジオ深夜便

(2019.03.29)

 2月18日と3月18日の二回、NHKのラジオ深夜便に出演した。30分ずつのコーナーは『萩本欽一の人間塾』で、萩本さん通称欽ちゃんと対話をした。欽ちゃんに会ったのは初めて!だからよく準備して、彼が書いた本を二冊も読んだ。
 テレビに出演すると、その後は何人かに「観ましたよ」と声を掛けられるけれど、ラジオでそんなことは滅多にない。それでもラジオが大好き!語学学習の為にはラジオが一番と昔から考えている。テレビだと映像の印象が強烈で、言葉だけに集中するのは難しい。 一方ラジオは言葉だけなので、アナウンサーや出演者などは一語一句を分かり易くはっきり発音しようと努めている。
 高校生の頃、ドイツ語の聞き取り練習としてよく短波放送で外国のドイツ語番組を聴いていたことがきっかけで、ラジオの魅力に気づいた。 最近はタイ語を学んだが、バンコクのホテルでテレビの番組を観ても、細かい内容を理解できなかった。しかし持っていたガラケーで、地元のFM放送は結構楽しむことができた。
 インターネットの時代は、外国語を学習したり練習したりすることはかなり楽になった。紙の辞書を使わなくても、単語の意味と発音を調べることができる。良質の会話を聴きたいなら、各国の様々なラジオ局を無料で聴くことができる。
 閑話休題、今回のラジオ深夜便に話を戻そう。 萩本さんから面白い注文があった。ピーターが偉いと思っている何人かの日本人を紹介してほしいと。但し、歴代の政治家や偉大な学者などではなく、無名な一般人を!人間はみな平等の観点からも素晴らしいアイデアだと思ったが、具体例を考えるのに時間が掛かった。
 番組の収録で最初に挙げたのは、名前も知らない渋谷の浮浪者(仮にAさん)である。 平成元年から凡そ10年間、109の横の路上で頻繁に大道芸を披露していた(止めたのはそこの歩行者天国が中止になってからである)。 毎回3、4時間ほとんど休まず芸をやっていた。そしてほぼ毎回Aさんが現れた。芸をしっかり観てくれて、僕の帽子に毎回寸志を入れて下さった。しかも10円でも100円でもなく、必ず500円硬貨一枚を!僕の方が絶対お金があると思って、「大丈夫、もうお金を入れなくても結構ですよ」と再三再四言ったが、やはりそれでも入れてくれた。
 ある日曜日のこと。またいつものように鯨屋の前で芸をやっていると、Aさんが現れた。そしてボロボロに破れた上着の中から読売新聞を取り出して、僕のインタビュー記事が載っているページを嬉しそうに見せてくれた。 感動のあまり涙が出た。社会の底辺でギリギリで生きている人からこんなにも優しくされたことは、初めての体験だった。
 このblogを読んでくれている皆さんにもう一例を紹介したい。それは明治初期に科学の専門用語を日本語に訳した、当時の不特定多数の人達である。彼らの努力のお蔭で、日本の子供達は母国語で理科や算数の勉強ができ、忽ち日本の科学技術のレベルが上がった。現在の日本人が学校などで当たり前のように使っている専門用語の多くは、江戸時代の日本にはなかった。
 明治時代になって外国に追い付く為、日本人はものすごい努力をした。それを支えたのは教育であった。外国語を全く判らない子供にカタカナ語を使って教えると、難しい概念を正しく理解してもらうのは不可能に近い。しかし時間と努力を惜しまなかった学者達のお蔭で、適切に創った熟語が次々生まれ、科学技術教育を支えた。 組織や細胞はその一例である。昔の不特定多数の学者達に拍手を贈りだい!


 

Qさま

(2019.02.22)

 今回はクイズ番組『Qさま』の話をしよう。この二年間は『ネプリーグ』『ミラクル9』などのクイズ番組に、何回か出演した。どれも面白くて楽しかったがチーム戦で、『Qさま』とかなり違った。チーム戦だと両チームに最後まで逆転の可能性が残るように、制作者は得点の配分などに工夫している。だから初めの方は多少失敗しても、挽回の可能性は十分に残っている。また指名されて答える問題が割と多く、じっくり考えても大丈夫だ。(尤もそれによってチーム全体に与えられた時間が減って、仲間に迷惑を掛ける場合もある。)
 一方の『Qさま』は、完全な個人戦である。そして早押しの問題が多い。不正解だと恥をかくだけではなく、自分の順位も大分下がる。だからドキドキハラハラしながらスタジオに入った。最初の順番は籤引きで決まった。その結果は勝負の行方にもかなりの影響を持っている。実は今回の優勝者、やくみつるさんは籤引きでも一番になった人である。僕は9番でかなり不利だったが、それは運のことで仕方がない。
 一回でも早押しで正解することができれば、初出演の者としてそれで十分だと思った。 準備として難読漢字をかなり練習した。前回は「次の3つの漢字を全て正しく読みなさい」という問題があったからである。その時出題されたのは〔糠〕(ぬか)、〔粕〕(かす)、〔粽〕(ちまき)であった。正直に認めよう。一人でテレビを観た時は、三つ目の〔粽〕を読めなかった。粽が大好きで、日本でも中国でもよく食べてきたのに!だからこのタイプの問題に備えて、難読漢字のリストをインターネットからダウンロードして、何時間も掛けて憶えていた。ところが今回はこの手の問題がなかった。
 番組の中でその後は、僕にチャンスもやってきた。〔日本語英語問題〕である。同じ意味を持った日本語と英語の単語を、一部の字(平仮名と片仮名)から当てなければならない問題である。良く集中できてしっかり正解したのは〔混雑とラッシュ〕である。「外国人だからできて当然」と思われるかもしれない。けれどもちょっと違う。僕にとって英語は決して母国語ではない。実は第4外国語として、大学2年生の時に独学で学び始めた。だから「良くできたな」と、自分を褒めてあげた。
 それで軌道に乗ったのか、早押し問題はあと二問正解できた。逆に全員同時に解答する四択のランキング問題は、あまり振るわなかった。だからトップの5人には入れなかった。しかし自分に立てた目的を大きく超えて、とても愉しい時間を過ごした。またチャレンジできると嬉しいな!


 

北海道

(2018.11.22)

 先週は北海道で講演をした。これで北海道に行ったのは丁度100回になった!100回って凄いなと、自分でもびっくり!計算間違いでもしたのかなと、疑いたくなる。しかし、そんな筈がない。同じ日本でありながら地形も動植物も違う北海道は昔から大好きで、行った回数をしっかり数えていた。
 初めて訪れたのは1984年9月である。青森からの連絡船で函館に入ってから、すぐ好きになった。家々は本州やフランスなどと違って二重窓になっていて、故郷のハンガリーを懐かしく想い出させてくれた。ハンガリーにいた頃は夏休みを毎年、海の無いハンガリーの最大の行楽地、バラトン湖の畔に過ごしていた。だから函館市内と登別温泉を巡ってから支笏湖に向かって、当時の僕にとってはかなり高かったが、湖畔の旅館に泊まった。
image 支笏湖で泳いだ〜
 支笏湖は正に一目惚れだった。これほど綺麗な湖をどこにも見たことがなかった。だから洞爺湖や小樽を諦めてじっくり観光した。遊覧船や足漕ぎボートに乗ったり、泳いだり、自転車を借りて苔の洞門などを巡ったりした。せっかくなので、周囲の名前の響きが不思議な山々を覚えた:恵庭岳、樽前山、風不死岳〜。恵庭岳に登って、水の色が神秘的な小湖オコタンペ湖も一周した。34年が経った今でも鮮明に記憶していることは、その当時の感動の強烈さを物語っているだろう。
 諦めた洞爺湖を、二年後の二度目の北海道旅行の際に堪能した。その時は両親を連れて、日本中を一ヶ月弱掛けて観光した。彼等は、自分達が生まれてから誕生した昭和新山にかなり感心した。
image 僕が撮影した登別での両親
 さて、今回の記念すべき第百回の北海道への旅、本来は日帰り可能な札幌での講演会だったが、やはり前泊で行った。旧道庁のすぐ側にある老舗、グランドホテルに泊まった。そして翌朝は大道芸や雪祭りの楽しい記憶が多い大通公園をゆっくり散策した。
  大通公園に行く時は必ず、石川啄木の銅像を訪れる。28歳の若さで亡くなったこの大詩人のことを、やはり初北海道旅行の時に知った。銅像の隣の石碑に刻んでいる名詩、『しんとして幅広き街の秋の夜の玉蜀黍の焼くるにほひよ』を何回も読んできて、しっかり暗記した。 尤も、今大通公園で玉蜀黍が売っているのは夏だけである。秋になったら全ての売店は姿を消してしまう。
image 石川啄木の石像と歌碑
  僕は焼き玉蜀黍が好きではない。子供の頃は夏の風物詩として、その年に取れた甘くて柔らかい茹で玉蜀黍を頻繁に食べていた。夏は札幌に行くことがあったら、必ず大通公園の売店で茹で玉蜀黍(トウキビ)を買って、ベンチに座ってゆっくり食べている。来年もそんな機会があると嬉しい!
image 紅葉がとても美しかった!



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