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マルタ

(2015.09.11)

 スイスから三泊四日の短い予定でマルタへ行った。地中海に浮かぶとても小さな島国で、人口は僅か36万人。半世紀前まで英国の植民地であったこともあり、高校以降の教育は全て英語で行われる。気候は温暖で英国よりずっと過ごしやすいこともあって、英語学習で長期滞在する外国人が多い。中には日本人もいる。 もっともマルタ人の母国語はあくまでもマルタ語で、英語とかけ離れた独特の言葉である。だからマルタ人の英語は文法が正しくても英米とだいぶ違う。
 マルタに行こうと決めたのは去年の夏。国際会議で僕の論文をよく知っているマルタの若い数学者に逢ってからである。彼の名前はPeter Borg 。北欧っぽいがBorgの発音はボルジュである。Borgさんはマルタ大学の数学科の先生で、メールで「是非来てくれ」と招待してくれた。
 旅費も滞在費もこちら持ちだったが、滞在中に島全体を案内してくれた。昭和天皇が皇太子時代に植樹なさった木をはじめ、面白いものをたくさん見せてくれた。日曜日はBorgさんの彼女も一緒に、マルタの有名なレストランに行った。「何を食べる?」と聞かれ、「できればマルタの独特な食べ物を」と返事した。
 前菜はエスカルゴでメインディッシュは兎になった。もっとも彼らはスパゲティやスープなどのイタリアンを食べた。 エスカルゴは時々日本でも食べる。殻から取り出されてガーリック風味で調理され美味しく感じる。 ところがマルタのエスカルゴは小さな蝸牛を殻のまま茹でて、ソースもなしで僕の前に置かれた。しかも量が多くて50個を下らなかった! 「あなた達もどうぞ」と言ったが、Borgさんは一匹だけ、そして彼女は「蝸牛は嫌だ」と全く食べなかった。 マルタの料理なのであまり残してはいけないと思って、「美味しい、美味しい」と言いながら30匹を片付けた。正直言って何の味もなかった!兎もまあまあだったが、夜はお腹が痛くなった・・。
 しかしマルタの風景や古い砦などの歴史的建物は素晴らしかった。 小さな島なので住んでいる動物が少なくて、その中でも大切にされているのは針鼠である。大学の掲示板にも『負傷した針鼠を見つけたらこの番号へ電話下さい』と書いてあった。怪我の最大の原因は、もちろん車に轢かれることである。野生動物が少ないこともあって、マルタには人口とほぼ同数の猫がいる。それを観に来た日本人観光客にも逢った。


 

スイス

(2015.08.24)

 今年はスイスの大学で1ヶ月間過ごした。場所はローザンヌで、スイスの最も有名な大学の一つである。広いキャンパスはレマン湖の湖畔に位置して、対岸のフランスの山々は美しく見える。晴れた日はヨーロッパ最高峰のMONTBLANC(4807m)も雪を被った姿を見せてくれる。 因みにフランス語でmontは山、blancは白の意味である。ほかの季節はわからないけれど、5月は周りの山には雪が見えなくMONTBLANCだけは白かった。
 スイスは2002年まで国連にさえ加盟しなくて、かなり閉鎖的であるイメージをもっていた。しかし大学は僕の想像とは逆に、非常に国際的だった。僕がいた数学科ではスイス人教授が一人しかいなかった!僕の集中講義を受けた大学院生は、ヨーロッパ各国を始めインド人、韓国人、中国人、ベトナム人にエクアドル人もいた。残念ながら日本人はいなかった。
 日本とスイスが似ている点は幾つもある。先進国で、治安が良くて清潔である。そして日本人にスイス人を真似してほしいところもある。スイス人はできる限りスイス産の農業製品を消費している。フランスの隣なのにフランスのチーズやワインは殆ど見当たらない!TPPなどの農業への悪影響を最低限に抑える為に、日本人の国産嗜好の向上に期待したい。
 もう一点を紹介しよう。スイス人もしっかり仕事をやっているのに、日本人ほど忙しくない。一刻を争う雰囲気はない。電車の例で較べてみよう。スイスの列車もほぼ時刻表通りに動いている。しかし所要時間を極限に押さえようとはしない。各駅での停車時間を長めにして、客はゆとりを持ってゆっくり乗り降りできる。スイスは小さな国で日本に較べて乗る距離が短いことも確かだが。
 続きはまた。


 

☆グーグル

(2015.03.19)

 先日、こんな記事を読んだ。

 『政府が、ICT(情報通信技術)分野で世界的影響力を強める米グーグルに対抗する戦略づくりを進めていることが分かった。官民一体でグーグルに対抗できる環境を整えることで新産業を生み出し、成長戦略につなげる狙いがある。

 政府は、〈1〉グーグルに対抗しうる企業の育成・支援に向けた取り組み〈2〉グーグルによる市場独占を防ぐための法規制のあり方〈3〉ICTサービスの利用履歴などの個人情報保護に向けた方策――をテーマに、今夏をメドに戦略の方向を固める。

 戦略策定に向け、経済産業省は昨年10月に「データ駆動型経済社会における競争政策を考える懇談会」を非公開で設け、工学、法学などの学識経験者4人の委員による検討を進めてきた。4回目の会合を開き、業界関係者から意見を聞いた。

 グーグルは、世界の検索エンジンの市場占有率(シェア)が60%、スマートフォンの基本ソフトウェア(OS)のシェアは78%に上る。膨大な電子データ「ビッグデータ」を蓄積し、欧州でも市場独占への警戒感が広がっている。』

 この記事を読んで嬉しかった。日本政府もやっと目が覚めた!一昨年ロシアの研究所の招待でモスクワを訪れた。招待者はYandexであった。皆さんにとってあまり見慣れた名前ではないと思うけれど、ロシア版Googleである。中国にもだいぶ前からBaiduという中国特有のサーチエンジンがあり、韓国も同様だ。

 アメリカなどの情報機関はもちろんYandexやBaiduなどの情報をしっかり把握していると思われる。だからこれらは秘密保護の為ではなく、経済的に重要である。インターネットによって発生する莫大な広告料。そのほとんどはGoogleやYahoo、FacebookやYouTubeなどのアメリカの企業に流れている。技術大国日本としては本当にもったいな過ぎる!

 近い将来日本版サーチエンジンを使ってメールの送受信とネット検索をやれると嬉しい!


 

☆カジノ

(2015.03.05)

 ちょっと前に大マスコミの新聞記事に目が留まった。その内容を短くまとめるとこうなる。『有力議員グループは今国会に「カジノ法案」を提出する。その法案通りにいけばとりあえず関東と関西、具体的に横浜市と大阪市の埋め立て土地で大型リゾート施設を建設し、その中にカジノを入れる。』

 東京に住んでいることもあって、僕の記憶には石原都知事(当時)のカジノ構想が強く残っている。何を隠そう僕はカジノ反対派である。ドストエフスキーが自分の経験に基づいて書いた小説「賭博者」を読んだことがあり、何人かの知り合いの人生を見ても賭博依存症の恐ろしさをわかっているからだ。しかしこちらでは倫理的な観点から意見を述べたくない。

 全国津々浦々を講演会や釣りで旅して大都市圏以外の地方財政の苦しさ、人口流出の悲しい現状をよく目の当りにする。当然ながら日本の政府は僕よりずっとこの事実を知っている。だから「地方再生省」まで設けているのだ。安易な収入源、訪れる人の数を増やす新しい魅力としてのカジノを、地方再生政策の一環として扱うべきだろう。

 世界で最も有名なカジノを中心として造られた大型アミューズメント施設はラスベガスではないかと思う。ネバダ州の大半は砂漠や山で覆われていて収入源も少なかった。ラスベガスなどのカジノプロジェクトは大当たりで、世界中から人を呼び込む効果を発揮している。医者をはじめ様々な学者たちはそこのホテルと会議場(コンベンションセンター)の割安さに目を付けて、たくさんの国際会議が開かれている。

 日本でも土地が安い過疎地で建設すればかなり割安くできるはず。莫大な経済効果も間違いない。問題はどこにするか!公募すれば手を挙げる自治体はたくさんありそう。カジノの建設なので、くじで決めるのが一番公平かもしれない。それとも東日本大震災からの復興を促す為に、東北にするのも一つの可能性だろう。それなら他の自治体も納得してプロジェクトを応援してあげるのではないか?!何れにしても人口も産業も集中している横浜市や大阪市などではおかしいと僕は思う。


 

☆バレンタイン

(2015.02.13)

 今年もバレンタインデーの季節がやってきた。先日、僕が大好きなドイツ製板チョコを売っている店で大変びっくりした。

 前から販売中のスイスやベルギー、フランス、ドイツの世界的にも評判の良いチョコの中で、見たことのない板チョコを発見した。しかも同じメーカーの何種類ものチョコが大々的に並んでいた。包装紙毎に色は異なっていて、それぞれにココアを生産している国の名前が大きな文字で書いてあった。

 「これってどこの国のチョコレートだろう?」と手に取って見たが、表に表示されていなかった。 裏を見るとロシアの文字で何かが記されていると気づいた。読んでいる途中でロシア語ではなくウクライナ語だとわかった。

 旧ソ連邦に数ヶ月滞在したことがあるが、チョコレートが大好きな僕には苦しい時期だった。チョコレートはとてもまずかったからである。父がたまたま治療に来ていた在ハンガリーロシア軍の将校に頼んで、モスクワにハンガリー製板チョコ20本を届けてくれた。

 ところがハンガリーやポーランド、ブルガリア製板チョコを日本の店で一度も見たことがない。ウクライナのチョコレートを売り出す理由はと考え始めたら、すぐポロシェンコ大統領のことが頭に浮かんだ。

 去年行われた臨時選挙でウクライナの大統領に選ばれたのは、チョコ レート王と言われてきたペトロ・ポロシェンコ氏である。 旧ソ連解体に伴う混乱の中、巧い具合に国営チョコレート工場を自分の私産にしてしまい、次第にウクライナ一の億万長者になった男である。ロシアとの戦いが続く中、先進国の援助を受けている。それもまた巧い具合に自分の工場の売り上げ向上に利用する。

 まあ、これはあくまでも僕の憶測に過ぎないので、もし間違っていたらごめんなさい! 調べたら楽天でも販売中だが、彼のチョコレートの値段はドイツやスイスの板チョコの1.7倍で、僕は絶対買わないつもり〜


 

☆サッカー

(2014.07.23)

本当にお久しぶりです。なかなか更新しなくてごめんなさい!

サッカーのワールドカップもついに終わってしまいました。ドイツが優勝して、個人的には日本が消えてからドイツを応援することにしたのでよかったと思いました。準決勝でブラジルに大勝したので、決勝はかなりの接戦でしたがドイツが勝って納得している方も多いでしょう。

 それはさておき、今回はサッカーについて書こうと思っています。そのきっかけは、ワールドカップが始まった直後の一本の電話であった。フランスの通信会社から、サッカーと数学というテーマで取材されました。それで僕もいろいろ考えたので、サッカーの面白さ・人気を数学的に解いてみようと思います。ラグビー、アメフト、野球、バスケ、バレーなど様々なチームで行われる球技がありますが、やはり世界的に最も人気が高いのはサッカーです。それはなぜか。

ワールドカップ決勝は、アルゼンチンが勝ってもおかしくありませんでした。べつにアルゼンチンの方が良かったわけではないですが、メッシなどが決定的なチャンスにシュートを外してしまいゴールを揺らすことがなかった。つまり僕が思うに、サッカーを面白くさせる、特に国際試合の場合に人々を熱狂させるのは、必ずしも強いチームが勝つわけではない点にあります。 例えば、バスケットの試合で点を入れる確率がAチーム55%、Bチーム45%とすると、Aチームの方が10%程度強いことになります。合わせて200点入ったとしましょう。平均的にAチーム110:Bチーム90で勝ちます。時には102:98や120:80にもなりますが、基本的に強いチームが毎回勝つでしょう。点数が多いバレーボールでも、たったのプラスマイナス5%の差が決定的で勝負の行方を決めます。ところがサッカーの場合、ドイツ対アルゼンチンの試合がもし最初から1点しか入らないと決まっているとし、得点確率をドイツ55%アルゼンチン45%にすると、アルゼンチンが勝つ確率が45%もあったのです。つまり、弱いチームが強いチームに勝つ確率がかなり高くなります。実際、日本対コートジボワールの試合でも、2点を入れられた魔の二分間がなければ十分勝つことが可能でした。だからといって、僕から見てもやはりコートジボワールの方が強かったと認めます。でももうちょっと運がよければ、日本は勝てたかせめて引き分けにできました。結局、実力に差があっても入る点数が少ないから、弱いチームでもだいぶ勝つ可能性が高くなる。これこそ、サッカーの人気につながるのです。

世界のマスコミ報道を読むと、『ブラジルが昔からやってきたサッカーが見られなかった、ブラジルの時代は終わりだ』と嘆かれています。何しろ僕が子供だった1960〜70年代は、ブラジルのサッカーは世界を圧倒するとともに人々を楽しませていました。英語のプレーには遊ぶという意味もありますが、本当に遊びのような楽しいサッカーでした。個人の技がすごくて、力のサッカーではなくもっと遊び心のあるサッカーが、今回ブラジルが勝った試合でも見られなかった。どちらかというとヨーロッパのサッカーのようになってしまいました。

日本にも関係ないわけではない。日本チームの結果が振るわなかった要因も同じところにあると僕は思います。サッカーの中心はお金の掛け方が半端ではないヨーロッパに移ってしまい、ブラジルの代表選手のほとんど、また日本代表の主力選手もヨーロッパのクラブチームでプレーして、ヨーロッパ式のスタイルが身についている。一年間のうち、自国の代表チームでプレーする時間は極めて少ない。ブラジルのスター選手だったペレはサントスというチームでずっとプレーしていました。ネイマールは同じサントス出身ですが、バルセロナに行ってしまいました。アルゼンチンのメッシも同じです。結局、自国を離れてプレーしていると、自国の選手と阿吽の呼吸が合わなくなる。逆に優勝したドイツの場合、スタメンの半分ほどが同じチーム、バイエルン・ミュンヘンでプレーしています。彼らこそ普段から毎日一緒に練習していて、お互いのことをよく知っていて良い連係プレーができるはずです。これからも日本のいい選手がどんどんヨーロッパに出て行ってしまうと、次回のワールドカップもあまり期待できないのではないかと悲観しています。
 

☆ソチオリンピック

(2014.03.07)

 新年が始まって既に二ヶ月も過ぎましたが、新年最初のメッセージなので明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

 ソチオリンピックも無事に終わりましたが、開会式閉会式を含めて一秒たりともテレビで見なかったことを誇りに思います。なぜかというと、オリンピックはスポーツの国際祭典と言われていますが、僕ははっきり言って国粋祭典としかみなすことができません。ロシアはプーチン大統領が自国の素晴らしさ(?)を見せるためにやったのはもちろんのこと、各国の報道を見ても非常に国粋色が強い。何しろほとんどの新聞の大見出し小見出しはもちろんのこと、内容もほとんど自国の選手の活躍にしか触れられていません。テレビは見ていないけれども、ラジオのニュースは一日何度か聞いていました。一例として挙げたいのは、僕が同じ日に五回聞いたNHKラジオのニュースで毎回、小野塚彩那選手がスキーハーフパイプで銅メダルを取ったことが全く同じ内容で繰り返されていました。ところが、金メダルと銀メダルの選手に関しては一度たりとも報道されませんでした。当然中継で見ている人は知っているでしょうが、ニュースの場面ではそれはどうでもよくて、いかに日本のメダルが一つ増えたことだけが重要かを物語っています。

 そのメダル数ですが、アルベールビル大会を超えて自国開催の長野大会を除いて冬季五輪では過去最高の8つで、いかにも日本人選手の活躍は素晴らしかったと強調されていました。これは間違いなく各国同様、政治家たちにとって国民へ発する内閣支持率を高めそうなメッセージとなっています。数字は数字でその通りですが、アルベールビル大会の時は57競技に対して7つのメダル、ソチでは競技数が98にも増えているので、そう単純にメダル数が増えたとは言えないのではないでしょうか。同じ割合でメダルを取ったとすると、7×98÷57≒12.03。つまり12個ならアルベールビル大会と同じ活躍ぶり、12個を超えていたらアルベールビル大会以上の活躍ぶりと言えるわけです。今大会から正式な種目になった競技で獲得したメダルもあります。

 いずれにせよ、オリンピックからますます“参加することに意義がある”という本来の精神が消えつつあり、残念に思われます。とはいえ、ラジオでいいニュースも聞きました。ロシアで大会を開催するために、18,000人ものボランティアの若者が参加したそうです。現地での宿泊は組織委員会が用意して旅費は自己負担で、たくさんの応募者から選ばれた若者達が選手団の世話をしたり通訳をしたりして、多くの外国人選手と接して素晴らしい国際体験をしたでしょう。2020年の東京オリンピックの際には是非ともこれを参考にしてもらい、日本の若者にも国粋体験ではなく本物の国際体験になるように、日本人と外国人の心に響くふれあいが増えることを願います。
 

☆ロシア

(2013.11.22)

 36年ぶりにロシアを訪れました。僕が以前行った時はソビエト連邦の首都の頃なので、その間の変化は非常に大きかったといえます。ソビエト連邦が崩壊し様々な共和国が独立したとはいえ、ロシアは今でも世界で最も面積の広い国です。その首都モスクワを訪れるのは三回目ですが、前の二回は冬でとても寒くて外を歩くのも大変で、今回初めて初秋の心地よい季節に行き、毎日何時間か街を散策して色々なものを見ることができました。そして感じたのは、モスクワはまさに帝国の首都にふさわしい街だということ。スターリンの時代からとんでもなく大きなものを作ることに熱心だったようで、昔も今も驚いたのは建物の長さでした。日本にも集合住宅のように長い建物はありますが、長くて50mくらいじゃないでしょうか。ロシアでは200mを超える長さのビルも珍しくなく、一つ一つのビルが非常に大きい。モスクワの街の中央にあるのは赤の広場で、その一部は政府の中心クレムリンです。そこから放射線状にいくつか道が伸びていますが、日本では想像もつかないくらい広く、片方で6〜8車線もあります。環状になっている道もあり、最も遠いのは首都圏で今も建設中の圏央道とほぼ同じで半径が中心から50km離れているので、道路の長さはちょうど314km(円周率の100倍)になります。日本の圏央道や環八は完全に丸い形ではありませんが、モスクワではほぼ丸い形です。ロシアの人口は日本の約1.2倍、面積は約40倍もあるので、人口密度は日本が30倍以上にもなり、地形もモスクワ周辺は平坦で、道を作りやすいからです。

ロシアは環境汚染や大気汚染がないわけではないけれども、意外と緑が多く、モスクワ川には魚が生息していて、政府は観光資源としてのモスクワを活かそうと力を入れているようです。ビザの発給を以前よりかなり簡単にしていて、西洋からの観光客も大勢いましたが、観光客で圧倒的に多かったのはロシア人です。多くの場合は、大型バスでモスクワに来て何日間か観光して帰るそうです。旧ソ連時代はこういった観光は難しかったので、かなり自由になりました。街の見た目で大きく変わったのは、ロシア正教会です。以前はほとんど人が通わず古びたまま放置されていましたが、今は独特の玉ねぎ型の屋根が色鮮やかに塗られて綺麗にされています。36年前に三ヶ月間モスクワに滞在した時は、赤の広場にある聖ワシリー大聖堂以外の教会はあまり目に入りませんでしたが、今は街の至るところで教会が目立つようになりました。人々の一部はかなり宗教に熱心で、政府も一種の精神安定剤として利用しているように思われます。PUSSY RIOTというパンクロックグループが教会を馬鹿にするような歌を歌って、神への冒涜として逮捕され服役するという事件もありました。プーチン大統領は、国を安定して治めるためにロシア正教会を役立てているのでしょう。なぜそのようなことが必要になるかというと、東欧諸国も同じですが、共産主義がなくなってから突然貧富の差が広がりました。道を走っている車を見ると、まだ旧ソ連時代に作られた古い車もありますが、製造は中止されています。世界最大の面積を持ちG8にも入っている大国が、国産車の製造は止めて、様々な国の会社がロシアで車を組み立てたり輸入したりしています。日本、アメリカ、ドイツなどの大きな新車がたくさん走っていました。これらの車はもちろん安くありません。同じく、日本ではあまり見ないリムジンもモスクワでは結構走っていました。共産主義が終わって、新しいビジネスチャンスに機敏だった人はこういう高級車に乗るお金持ちになりましたが、もちろんそうではない人の方が大半です。ロシアでも高齢化が著しくて、老人で年金暮らしの人はかなり苦しい生活を強いられています。そういう人たちの慰めのためのロシア正教会だと僕は見ています。

ロシアは矛盾の国でもあります。どんな矛盾を一番感じたかというと、国家はアメリカに対立して人々もアメリカは嫌いだと言いますが、一方、暮らしの上では非常にアメリカに憧れています。日本でも嫌なほど和製英語が増えていますが、ロシアも負けない勢いで、昔はなかったロ製英語を街でたくさん目にしました。マクドナルドは非常に賑わっているし、バーガーキングやサブウェイもあります。一方、ロシア生まれのファーストフードのチェーン店も結構あります。因みに、日本食は人気が高くて、SUSHIという名前のチェーン店もあればWABISABIというチェーン店もあります。すしといっても日本の握り寿司とはだいぶ違い、ご飯を丸くしたものにいくらやサーモンが巻いてありました。郊外に行くと、車のショールームやイケアや大きなスーパーがたくさん並んでいます。人々の一番大きな出費は日本と同じく住宅で、モスクワのアパートは数が足りなくて高いので、大学を卒業した優秀な人が大学に就職できないことも多いそうです。というのも、大学は先生に住むところを提供しなければならないという法律があるので、大学側にとっては割に合いません。ですから、モスクワ出身の人は大学に就職できますが、地方出身の人はなかなか難しい。そこで、ちょっとでも豊かな暮らしをしたい人は、仕事を掛け持ちしています。実際、僕をロシアに呼んでくれた教授も五つのところで働いています。一つは民間のコンピューター関係の会社で、あとは週に一日ずつ別々の二つの大学で正式な教授としてゼミを持っていて、さらに定期的に他の二つの大学で教えています。だから、信じられないほど忙しい。ロシアでは一部の人は非常に仕事熱心でお金を稼いでいますが、ほかの多くの人はあまり働かなくて給料もとても安いようです。

赤の広場にはグム百貨店というデパートがあります。昔はロシア唯一のデパートで、他にはない様々なものを売っていました。実際僕も1977年つまり36年前に留学した時、ハンガリーに戻る前に両親にそこでお土産を買いました。父はカメラを所望していたのでロシア製のカメラを買いましたが、母が一番欲しがっていたものはなんと食器洗い機でした。僕は20kgほどの重さがあるものを買い、頑張ってホテルまで運び、電車でハンガリーの母のところまでなんとか届けました。母は感動の涙を流してくれ、僕も息子としての達成感に満たされましたが、実はその機械が家で使われたことは一度もありません。なぜなら、水道からお湯が出ないと使えない機械でしたが、当時我々が暮らしていた団地では台所の水道からお湯が出なかったのです。捨てるわけにもいかず、それから10年以上もただ物を置くだけの役割で置いてありました。このような思い出のあるデパートを見に行ってみると、昔とは比べられないほど綺麗になっていて、世界中の有名ブランドのお店ばかりで、売っているものは一般のロシア人にはとても手の出ない値段です。知人のロシアの地方都市で働いている大学教授は「博物館のようだ」と言いました。ロシアで貧富の差が広がって、ほんの一部のお金持ちだけがこういうところでお金を使い、ほかの大多数の人はただ見るだけという状況を上手く言い表しています。                     
 

☆TV出演情報

(2013.9.26)

10月〜12月のNHK Eテレの絵本を作る番組に出演しています。絵が下手で、しかも中学校以降は筆や色鉛筆を手に取ったこともない僕で、番組はどうなるのか凄く心配した。しかし荒井良二先生の自由な態度とおおらかな指導の下、非常に愉しい講座になった。絵を描くことや絵本を作る面白さもわかった。詳細はぜひブラウン管でご覧下さい!

「趣味Do楽 荒井良二の絵本じゃあにい」

<放送日時>
2013年10月1日〜11月26日(全9回)
NHK Eテレ 毎週火曜日21:30-21:55

<再放送>
NHK総合 毎週水曜日10:15-10:40
NHK総合 翌週火曜日11:30-11:55
 

☆ブラジルでの釣りについて

(2013.9.6)

 まずブラジルでの釣りについて話したいと思います。ほぼ毎週海釣りに行っている僕は、ぜひともブラジルでも釣りをしたいと考えましたが、思ったほど簡単ではなかった。僕をサンパウロ大学に呼んでくれたヨシが、本屋で釣りに関するパンフレットをもらってきてくれてインターネットでもいろいろ調べたところ、サンパウロの港サントスでは釣り船を探すのも簡単ではなく、しかも釣果情報を見るとスズキどころかフッコのような50cmくらいの魚が何匹か釣れるくらいで興味を持てませんでした。他に見つけたのは、昔海から石油を採った施設の跡の周りでシイラを釣るところでしたが、サンパウロとリオデジャネイロの中間位の場所から船を出すために少なくとも10人必要で、しかも一人700レアル(日本円にして三万円以上)かかり、無理でした。一番可能性を感じたのは、釣り堀のようなものでした。YouTubeで動画を見ると結構大きな魚が釣れるようです。昼ごはんを食べながら釣りに行きたいという話をしたら、ヨシの親友で大学の情報科学科の日系人教授が「もしかしたら手伝えるかもしれません」と言ってくれました。そして、釣り上手という評判の元弟子ヴェロニカに、僕を釣りに連れて行ってくれるように頼んでくれました。

地下鉄の駅で待ち合わせをすると、彼女は30代半ばの綺麗な女性で、一緒に来てくれたご主人は奇遇にもピーターと同じ名前のペドロといい、弁護士で車も立派でした。話をするとペドロは釣りをするのが初めてで、わざわざ釣竿を3本買ってきてくれたそうです。サンパウロから北へ高速道路を60km走りさらに山道を15分程走って、着いてみるとびっくり。日本の釣り堀とは雰囲気が全然違って、高いフェンスに囲まれて、完全なリゾートという雰囲気で、レストランや釣具屋や子供向けの遊園地のような遊び場や乗馬や山登りなど、様々な施設があります。大小二つの池があり、我々はまずは大きな池に行って釣りを始めました。ヴェロニカが仕掛けに餌を付けて投げてみると全然飛ばず、あまり釣りをしたことがない感じだった。よく話を聞いてみると、彼女は子供の頃ゴイアス州に住んでいて、釣り好きのおじが船で川に連れて行ってくれてよく釣りをしたそうで、小魚を釣って餌にして大きな魚を狙い、彼女も何度も釣ったそうです。その話を大学でしたので彼女は釣り名人というイメージができましたが、実際は釣り堀での釣りは経験がない。結局、釣り堀とはいえどこでも魚がいるというわけではなく、どの深さまで餌を下げるのか、ぶっこみと言って底に置いておくのか、餌は何がいいのか等、どういうやり方がいいのかよくわからず、あまり釣れそうもありませんでした。他の人に聞くのが一番いいのだけれど、周りの人も釣れていない(笑)。

しばらくやってから二人を残して僕は散歩に出かけて、大きい池を一周すると一人だけ魚を釣り上げている人を見たけれど、私たちと道具が違っていたので参考にはなりませんでした。次に山に登ってみると、日本で言うと11月の後半なので、綺麗な鳥は見たものの珍しい動物や虫は見られなかった。それから小さい池に行ってみると、一家族がティラペヤという魚を釣っていました。いいなあという顔で見ていると、一人の子供がやめたので、お父さんが「やりますか」と誘ってくれ、僕は喜んでやらせてもらいました。お父さんが教えてくれたやり方は、3m位の一本竿に2m50cm位の糸の先の針に練り餌を付けて水に入れてうまく誘ったら、ティラペヤが食ってくれる。もちろん逃げようとするけれども、竿の柔らかさを武器に上手にやり取りすれば1,2分でティラペヤが疲れて上げることができる。僕もコツを掴んでから10匹以上釣ることができて、一番大きいのは1,5キロくらいでファイトも楽しかった。ご家族ともいろいろ話して、とても良い時間を過ごしました。彼らは、ティラペヤは持って帰って食べようとしたので、僕が釣った魚ももちろん献上しました。そこにペドロが心配して探しに来たので、ご家族にお礼を言ってレストランに昼食を食べに行きました。美味しいものをたくさん食べ、午後からは三人でティラペヤを釣ろうということになりました。彼らが持っていたのは投げ竿二本と一本竿一本だったので、僕が一本竿と練り餌を買い、餌の練り方を教えてもらって小さい池に戻ると、先ほどの家族は帰っていたので、僕が先生の役割で二人に釣り方を教えました。結局、三人で十数匹釣って捌いてもらって持って帰りました。僕は以前、エチオピア人がナイル川でティラペヤを釣って食べるのを見ましたが、そこの人たちだけが食べるのだと思い、普通に食べられている魚とは知りませんでした。サンパウロのスーパーでもたくさん売っていて、ヨシに話すと買って刺身にして食べさせてくれて、意外と美味しかった。
 釣りに関して感じたのは、貧富の格差がすごくあることでした。田舎の方に行くと川で釣って食べるのでしょうが、サンパウロでは普通の人は釣りとは縁がなく、お金がある人は趣味として釣りをして、会員制のクラブみたいなところで一日楽しく過ごしながら釣りもする。日本のように、釣り堀に行くと上手な人ばかりで、様々な職業の人がお互いと技を競い合うという雰囲気ではない。しかし、絶対に行ってみたいところを釣り雑誌で見ました。エコロッジといってアマゾン川の上にあるホテルです。アマゾン川の上にあるといえば皆さんどんなことが頭に浮かびますか?実はアマゾン川は一年のうちに10m以上の高低差があり、場所によって乾季には水がないが、雨季には5m以上の水があり、植物や動物がたくさん現れてくる。そういうところでは、水の上に浮いている船のような建物が作られます。エコロッジもかなり大きな水に浮くホテルで、木で出来た三階建てで、玄関から船に乗ってすぐに釣りができるそうです。ブラジルにまた行く際には、是非泊まって体験してみたい。

 釣りといえば、リオデジャネイロでも釣りをしている人を見ました。リオデジャネイロで最も有名なコパカバーナというビーチの近くのホテルは一泊2〜3万円ととても高いので、安く泊まれないかと探していると、登録したメンバーに世界中で家の一室を貸したい人を紹介してくれるAirbnbというサイトをヨシが教えてくれた。そこでコパカバーナから徒歩10分ほどの家を一泊五千円程度で見つけ、三泊しました。素敵な家族で、60歳位の女性に二人の子供と大きな犬がいて、トイレバス付きの独立した部屋を貸してくれて、鍵をもらって夜遅く帰っても問題なく、家族といろいろ話して情報を得ました。夕方リオデジャネイロに着いてすぐにビーチに行くと、様々なスポーツをやっている人がいて、ヤシの実を割ったジュースを飲んでとうもろこしを食べながら歩いていくと、釣りをしている人がいた。膝まで海に入って遠くまで投げて、竿を竿立てに差して当たりを待つことを繰り返しています。何にも釣れなかったそうですが、ガッカリしている様子もありません。
 リオデジャネイロは世界一綺麗な街だと以前に数学者の友人から聞いていましたが、僕もやはり世界一美しい都会だと思います。これだけ自然が美しい街はないでしょう。リアス式海岸なのに、とても綺麗な砂浜が至るところにある。年中暖かくて、市内に熱帯の原生林まであります。数学の研究所の近くにもあって、晴れた日には猿などの動物も見えるそうです。僕も見たいと思っていましたが、着いた夜の翌日から熱帯のスコールが降り、猿は残念ながら見えませんでした。研究所は世界的にも高いレベルの素晴らしいところで、行く途中にはいくつも海岸を走ってトンネルを抜けて、美しい湖のそばを走りました。シュガーローフという山からは街が綺麗に見渡せ、船や橋からも美しい街並みが楽しめ、皆さんにもいつか是非訪れてほしいと思います。
 この間、ローマ法王がリオデジャネイロを訪問し、ミサを開くはずの郊外の場所が集中豪雨で水浸しになって急遽コパカバーナに変更され、法王を乗せた車が握手を求める人で止められて、新聞には安全性が十分じゃなくオリンピックは大丈夫かと書かれていました。しかし、人が攻撃されたわけでもなく、何が悪いのか僕にはわかりません。実際は、以前に比べるとかなり治安が良くなったらしい。犯罪は30年前にオリンピックの開かれたロサンゼルスより少ないらしいが、当時ロサンゼルスは犯罪が多いからオリンピックはどうかという話は見聞きしませんでした。悲しいことに、殺人事件などの犯罪の大半は経済的に恵まれない人が起こすことが多い。彼らが暮らす地域と立派なスタジアムがある地域は異なります。ローマ法王はファベラと呼ばれるスラム街にも行きましたが、普通の観光客が足を踏み入れるところではない。オリンピックがブラジルの一般の人にどれくらい恵みをもたらすかはわかりませんが、治安がそんなに影響するとは思えません。思い出すのは、2010年にサッカーのワールドカップが南アフリカで開催された時にも治安に対して非常に不安視されたが、全く問題ありませんでした。基本的に人はよほど運が悪くなければ事件に巻き込まれることはないと、世界100カ国を旅したピーターは思っています。
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