ピーター・フランクル [official web site]
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今年も宜しく

(2007.02.06)

 皆様お待たせしました。随分長い間メッセージを更新しなかった。
 去年の12月から今年の1月の中旬まで一ヶ月間東南アジアを旅行して来た。その旅行について少し紹介しよう。
 拙著「僕が日本を選んだ理由」の中で紹介した屈指の友人Pistiがいる。中学校のころから仲良くしているので非常に長い付き合いである。正に肝胆相照らす仲である。それでも二人で二泊以上の旅行をしたのは2年前が初めてだった。その時は一週間をかけてモロッコを巡った。マラケシュに着いてすぐ車を借りて、それを交代しながら名所史跡を観光した。車に乗っている時間が長かったことが幸いし、お互いの近況と仕事やこれからの計画と夢について存分に語り合えた。二人にとって有意義でとても楽しい一週間だった。
 彼はその頃からある実在したペテン師の生涯について小説を書こうとしていた。そのペテン師はハンガリーの黄金時代(日本の明治時代とほぼ同時)に「活躍」していたがその後暫くアルゼンチンに住んでいた。小説を綺麗に仕上げるためにPistiはどうしてもアルゼンチンを旅したいけれどスペイン語は愚か英語もさほど上手ではない。と云うことで「次はアルゼンチンを旅しよう」と提案してくれた。
 ヨーロッパだとイタリア、スペイン、フランスやイギリスからアルゼンチンまでも直行便があるけれど日本からはすごく遠い。だから一週間や十日間の短い旅行を嫌がったPeterは2006年のクリスマスからの3週間あまりを可能な日程として提案した。しかし予想外の問題が発生した。
 小説家として悠々自適に暮らしていていつでも暇がありそうなPistiだが、クリスマスをどうしても自分の両親と過ごしたい、と出発日程は早くて12月26日だと言ってきた。それでも良かったがクリスマスを過ぎるとチケットを取るのはどんどん難しくなる。Pistiに頼んで、ハンガリーの旅行会社でローマ・ブエノスアイレス間の割安往復チケットを予約してもらった。これは10月上旬のことである。それから彼にメールや電話で何回も「僕の分は日本から振り込みたいので旅行会社の口座番号を教えてくれ」とお願いした。
 一方、この時期Pistiは、ドイツ語に翻訳され出版された前作の関係で二回もドイツでの本のメッセ(展示会)に行くなど、多忙な日々を送っていた。11月中旬にやっと旅行会社に電話をすることができた。しかし、「貴方に早期の振込みをお願いしようと何回も連絡を試みたが教えていただいた携帯番号では通じなかった」と言われた。確かめると向うが記録した番号は一箇所違っていた。日本だと番号などは慎重に何回か確認するからなかなか考えられないミスだろうが、我々の予約はあっさりと取り消された。
 再度チケットを探したが空いている席がなく、キャンセル待ちも難しくて、しかも入ったとしても元の値段の倍以上となっていた。
 そこでPeterは「今回は東南アジアに行こう」と勧めた。
 ではどんな旅になったのか、近日中にその話が始まる!


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☆ピーターのTV出演情報

(2006.08.02)

・8月6日(日)22:00〜
      NHK『芸術劇場』
・8月11日(金)20:00〜
      日本テレビ『太田光のもしも私が総理大臣だったら
                   〜秘書田中』

皆さん是非ご覧になってみてくださいね!


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中国旅行記4〜北京の仕事事情〜

(2006.07.06)

 王府井の観光客の中で日本人をはじめアジア人また欧米人も大勢いたが大半はやはり中国人だった。店で働いている人の過半数は北京の人ではなく地方からの出稼ぎ労働者だった。皆に訊くと北京人は怠け者と言うか面倒臭りやと言うか、とにかく3Kタイプの仕事は例え貧乏でもやりたがらないそうだ。
 一方仕事がない農村や仕事があっても賃金が安い多くの地方都市の人にとって北京や上海は憧れの場所である。基本的な教育も殆ど受けていない400万人の「民工(みんこん)」は卑劣の状況の下で北京の建設現場や道路工事などで3Kの仕事をやっているのだ。
   中国を共産主義、労働者の国家であるとは到底思えない〜


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中国旅行記3〜中国食事情〜

(2006.06.28)

 中央通りからちょっと奥へ入ると屋台や小物市場があった。屋台では普通の料理と並んでゲテモノもいっぱい売っていた。僕の目を引いたのは未だ生きている蠍(さそり)であった。8〜10匹ずつ、串に刺されて、注文してくれる客を待っていた。他にもキリギリスやヒトデなどがあって、全部その場で油で揚げるのだ。新鮮さは抜群でも食べる気にはならなかった。売りっ子たちに大道芸を見せた換わりに天命を待つ虫たちの撮影を許してもらった。
 因みに、中国人はどれだけこんなゲテモノを食べるのか良く判らない。その辺を歩いている(地方からの)観光客に訊いたが「食べたことがない」や「食べる勇気がない」と口を揃えて答えた。けれども商売として成り立っているということは食べる人も結構いる筈だ。もしかするとお酒を飲んだら食べたくなるかな?


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中国旅行記2〜中国の外国語学習事情〜

(2006.06.26)
 中国での英語熱はすごい。本屋の3階のOne Floorが英語関係になっていた。日本の英語図書と違う良い点を二つ指摘したい。
 一つは(中国語の漢字でも可能だけれど)カタカナ発音記号がなく、全ては国際発音記号になっている事だ。これは日本人の会話レベルを向上させるためにも是非参考にして欲しい。
   もう一つは、日本に較べて英語で書いてある部分の割合が多い事だ。日本語の説明を読んだ方が楽は楽だろうが、英語を本気で上達させたいならEnglish(横文字)に多く触れた方が良いような気がする。
 日本語を学ぶ人の数が6年前に較べて減っているのか、日本語の教科書のコーナーがとても小さかった。その状況は王府井の反対の入口付近の、歴史が永い「北京外国語書店」も同じだった。


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