ピーター・フランクル [official web site]
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☆TV出演情報☆

(2007.12.18)

2008年1月12日(土)
 『世界一受けたい授業』  日本テレビ
              19:00〜20:54


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モラルとマナー

(2007.08.03)

 二ヶ月ほど前に「朝日新聞」主催の日本人のモラルに関するシンポジウムに参加した。テーマはモラルが低下しているや否や、またその原因や対処法だった。今日はそれについての意見を述べよう。尤もピーターの意見の一部は既に紙面に掲載されたけれど〜
 先ず驚いたのは事前調査の結果だった。殆どの人は モラル=マナー と考えているように読み取れた。マナーはあくまでも礼儀作法で、形式的なものである。一方のモラルは道徳や倫理、つまりもっと深い、内面的なものが主だ。後者には強い関心がある僕ははっきり言って前者に関して語る権利が無い。
 調査の対象であった朝日新聞読者がモラルは低下していると感じている。そしてそれの裏づけとしてゴミのポイ捨て、歩きながらのタバコ、電車内での飲食、携帯電話や化粧などをあげた。ちょっと考えてみよう。
 歩きながらタバコを吸うのが10年前は極普通だった。アメリカの影響で意識が変わって、悪いとされるようになった。やっている人の数が激減したのにそれを「昔に較べてモラルが低下した」一例に挙げるのはおかしい。
 電車内での飲食はタバコを吸わない僕も常習犯である。HPを御覧の皆さんに問いかけたい:列車中の飲食は迷惑行為ならばなぜ日本中の殆どの駅構内やホームで飲食物を販売する店や自動販売機が置いてあるの?
 携帯は確かにウルサイけれど20年前は普及していなかったので昔との比較にはならないではないか?
 ゴミのポイ捨ては昔より悪くなっているならばそれは粗大ゴミの無許可投棄だと思う。法律が変わってコンビニの前にゴミ箱が急増した結果前よりは皆そこへ入れるようになった気がする。僕が見ている日本人は空き缶などを駅のホームから線路に捨てない。せいぜいベンチの下へ立てて入れるのだ。
 何れにしようこれらの行為は全てモラルではなく、マナーの範囲である。モラルについてまた次回〜


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原爆投下について

(2007.07.17)

 最近は講演などの仕事が多くてHPの更新を怠ってきた。これからはもっと頑張る(つもり)〜
 今回はとても難しい課題、原爆投下について書こうと思う。久間防衛大臣は原爆投下を正当化するような発言をし、たちまち辞任に追い込まれた。僕も何人かの知り合いから意見を求められたのでこの場を借りて応えようと思う。
 結論から言うと、原爆投下は非人道的で許せない行為だと思っている。一方、投下は日本人に対する人種差別が理由だったという説を知り合いからよく聞くが、それについて議論したい。
 大型で大量の市民を無差別に惨殺する悪魔の兵器の開発を目指したのはそもそもヒトラードイツである。占領したノルウェーで核兵器を作るための施設まで建てていた。ドイツがその兵器を手に入れていたら未だにヨーロッパ全体がドイツ帝国の植民地だったかもしれない。
 アメリカの原爆計画、マンハッタン・プロジェクトに加わった多くの科学者はヒトラーから逃げてきたユダヤ人だった。彼らにとっての敵国はドイツだったに違いない。
 大西洋でドイツの潜水艦はたくさんの船を沈没させ、多くのアメリカ人はドイツのアメリカ本土への攻撃を恐れていたことも事実だ。しかし英国の特殊部隊はノルウェーで施設の破壊に成功した。そして旧ソ連に勝てなかったドイツは、無条件に降伏し1945年5月8日、ヨーロッパにおける第2次世界大戦は終わりを迎えた。
 アメリカが原爆実験と製造に成功したのは日本でもポツダム宣言の受け入れがほぼ固まった、かつ日本軍の交戦能力がほとんどなくなった頃だった。僕が誇りに思っているのは、マンハッタン・プロジェクトに加わったハンガリー出身の天才科学者、シラードは大統領への手紙、新聞記事、デモを通じてこの恐ろしい新兵器の使用反対運動をしたことである。
 この状況の中でトルーマン大統領はなぜ投下を決めたのか?白人以外の人種に対する強い差別はアメリカにおいて存在したのは確かである。例えば、白人とアジア人の結婚は法律で禁じられていた。しかし、できるだけたくさんの日本人を攻撃するのが目的なら、広島より人口が多い東京や横浜、もしくはもっと近い福岡を選んだだろう。
 アメリカの真の理由は、原子爆弾を保有していることを世界、とりわけ旧ソ連に示すことだったと僕は思っている。それを非人道的でありながら軍事的戦略として一部認めたとしても長崎への投下は更に理解し難い。


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Frank続き

(2007.03.30)

 さて、急死した友人、インドネシア屈指の弁護士Frankの話を続けたい。2005年の10月彼からメールが届いた。「明後日から東京へ行く」と。すぐに「もし良かったら僕の家に泊まって!お逢いできるのを楽しみにしている」と返信した。着いた日はFrankの姪で中国系インドネシア人とその夫(東京にあるアメリカ系金融機関に勤務)の4人で渋谷の日本料理屋で食事をした。美味い物を食べながらFrankの話を聞いた。
 3ヶ月前に彼はインドネシアの首都、ジャカルタとニューギニア島の西部を占めるパプア州を結ぶ航空会社を設立しようと決心した。その時点で「AIR EFATA」と言う名称でその会社が法人として存在していて、ネット上で立派なHPを持ち、DC-8型の2機の航空機をリースしてパイロットなどの職員も雇い始めた。すぐにでも飛行可能な状況であったが、Frankのビジネス・パートナーになる筈の人が突然「この話はなかったことにしてくれ」と辞退したらしい。
 Frankは自分の家まで担保にして、借りれる限り金を借りたが、それでも運営資金は100ドルほど不足していた。共同経営をやってくれる企業(主として小さな航空会社)を求めて来日したというわけだ。ハーバード大学のOBとしてビジネス界で活躍する友人が世界中に大勢いた。東京にいた二日間も僕の事務所からメールや電話でひたすら連絡をとっていた。
 原油価格の高騰や世界最大のイスラム国家であるインドネシアの不安な情勢もあって、芳しい返事はなかなか得られなかった。一友人としてFrankの成功を願った門外漢の僕もかなり悲観的だった。しかしフィリピン人の奥さんの影響で、敬虔なカトリックに改心したFrankは「神様が助けてくれるだろう」と明るい表情でインドネシアへ帰った。
 それからは時々「AIR EFATA」とインターネットで検索してみた。昨年の2月から飛行を開始したという記事を見てとても嬉しかった。Frank宛にも「おめでとう!」とメールを送った。
 ところが、今年に入ってからは再び飛ばなくなった。そして一ヶ月前に「Frank」の名前で検索してみたら、あるインドネシアの記事を見つけた。そこには「自宅で首吊り自殺をした」と書いてあった。奥さんと長女の名前も載っていたので、残念ながら彼のことに間違いないようだ。元のメールアドレスへ連絡しようとしても、「宛先不明」と戻ってきた。
 この結末から約1ヶ月ほどが経過したが、やりきれない気持ちで胸がいっぱいだ。


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友人Frankの話

(2007.03.06)
 インドネシアへ本格的な旅行に行ってから丁度10年前になる。その旅行について「諸国漫遊記」の中で大分詳しく書いたけれど、それ以上に僕の人生への影響が大きかった。その旅行中に最もお世話になった人物は Frank Supit Taira である。彼がアメリカの名門中の名門 Harvard 大学で学んできた、Harvard Law School を卒業したインドネシア屈指の弁護士である。インドネシアに戻る前にNew York でも弁護士として働いてきた非常に聡明な方である。それに知的好奇心や挑戦心も極めて強いことに感銘を受けた。
 華僑であることを切っ掛けに高校時代は台湾に留学して北京語もしっかり勉強した。Harvardに向かう時は船中にある日本女性と知り合って「いくら頭が良くても日本語を学ぶのは貴方に無理だろう」と言われ悔しかった。それで在学中に一年間京都大学へ留学に来て、日本語も非常に堪能になった。
 これだけでも高いレベルで話せる言語はインドネシア語、英語、中国語と日本語になるけれどこれら以外にもフィリピンの言葉(タガログ語)、独語、仏語とスペイン語もかなりのレベルできた。ジャカルタで彼の家に泊まった時は様々の言語で会話をしたり、本を見たりしてとても楽しかった。その後は更にアラビア語とロシア語も学んだらしい。
 奥さんはフィリピン人なので、あることでマニラに行こうと思った時はFrankに電話した。とても親切に奥さんの親戚を紹介してくれて、すごく助かった。お蔭でフィリピンの田舎でも人の家で泊めていただいて、その街の小学校や中学校を訪問したり、講演をしたり、街中の人達と触れ合ったりするなどのとても貴重な経験をした。
 東京に戻ってお礼の電話を入れた時も語学の話になり、彼から日本人の皆さんにも是非伝えておきたい意見を聞いた。

 「音の発生に必要な道具(肺、喉、声帯、舌、歯、口、鼻)を殆どの人間は皆持っているの。だから努力をすればどの言語もかなり正確に発音できるだろう。」

 その通りだと思った。つまり聞き取りが難しくても発音は大人になっても学ぼうと思ったら十分学べるものだ。例えば、日本人が苦労している英語のRとL。耳には全く同じように聞こえたとしても、綴りをきちんと知っていれば、RをRらしく、LをLらしく発音できる筈だ。ハングルの発音も、中国語の発音も同様だ。この両方の言語の場合、同様に聞こえる音で、口の前に薄い紙切れを置くと、その音の種類によって紙切れが動いたり、動かなかったりすることがある。つまり空気が口から勢い良く出るか出ないかの差である。その差を聞き取るのはピーターに無理だった。でも口の前に紙切れを置いて練習したら正しく発音するということを覚えることができた。
 なぜ突然10年前の知り合いのことをHPで書いているのか?それはFrankが5週間前に不慮の死に遭ったからである。その事実を知ったのは未だ3日しか経っていない。ショックは極めて大きい。もうちょっと経ってからは詳細について報告する。そこまでも彼の冥福を祈りたい。


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